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一般大学卒業後、航空会社に入社。訓練生から副操縦士、機長までの歩みを振り返りながら、空の仕事のリアルを書いています。

第1話:「記念受験」のつもりで、試験会場に向かった日

一般大学を出た若者が、航空会社のパイロットになった。

そう書くと、最初からそれを目指した、エリートの武勇伝のように聞こえるかもしれない。でも実際は、全然そんな話ではない。

この連載は、回想録だ。試験・訓練・失敗・人間関係——それらを正直に書いていくつもりで、美化するつもりはない。記憶が曖昧な部分も多い。それもそのまま書く。

一般大学を卒業して日本の航空会社にパイロット訓練生として入社し、社内教育を経て副操縦士に昇格した。そして10年ほどの経験を積んだのちに機長へと昇格した。その軌跡を、備忘録として記していきたいと思う。


なぜパイロット試験を受けようと思ったのか

大学4年生になったばかりのある日、ボクは父に実家に帰ってくるよう言われた。

嫌な予感がした。父に呼び出されるときは、たいてい”説教”の時だからだ。

「おまえ、就職活動はしているのか?」

「してないよ。だって就職協定の解禁日は夏になってからだもの。」

(※就職協定とは:当時は企業と大学が申し合わせた就職活動の解禁時期があり、それ以前に選考活動を行うことを自粛する取り決めがあった。現在の就活ルールとは異なる。)

「何バカなことを言ってるんだ!世の中はそんなに甘くないぞ、できる奴はもう裏でしっかり活動しているはずだ。大学帰って友達に聞いてみろ!!」

なんだか面倒くさい気持ちで帰路についた。

「だって協定って、守るための申し合わせじゃないの? 裏で動くって、そんなのズルじゃん……」

友達が正直に話してくれる気がしなかったので、翌日ボクは大学の就職課を訪ねた。

「協定はあるんですけど、気の早い人の中にはOB・OG訪問を始めている方もいますね」

ほらやっぱり!採用試験なんて始まってないじゃん!

今考えると、”青二才”のボクは、そんな考えで自分を正当化しようとしていた。そもそもそういった訪問ができるような知り合いのOBなんて、ボクにはいなかったし。

「あ、でも、もし採用試験を今から受けてみたかったら、協定外で毎月試験をしている企業さんもありますよ!こちらは試験が複数回にわたりますし、特例で協定外採用をしています。」

そう言いながら渡された資料には「パイロット訓練生募集」の文字があった。

「パイロットなんてなれるわけないしな……」

あまり気は進まなかったが、ボクはパラパラとその資料をめくった。

「入社後、2年間海外での飛行訓練」

その文字が目に留まった瞬間、アドレナリンが噴き出した。

「海外!!!」

就職先にこれといった目標はなかったが、「大人になったら海外に住みたい」——そんな漠然とした夢のようなものを持っていたボクの気持ちを、その一文は大きく揺さぶった。

「ありがとうございました!」

就職課を後にする手には、「パイロット訓練生募集」のパンフレットが握られていた。

これで就職活動を始めれば、父にまた呼び出されて説教されるまでの時間を、少しは引き延ばせる。そんな軽い気持ちだった。


試験会場、到着

5月X日。

試験会場に着いた。整備場に隣接した、大部屋がいくつもある会場だったような気がする。その中の一室に促されて着席した。

今となっては不鮮明な記憶だが、大学の大教室のような広い部屋に受験生がびっしりと座っている光景を見て、ボクはこう思った。

「今日は記念受験だな」

あきらめを通り越して、むしろ一大イベントに参加しているような、妙に晴れ晴れとした気持ちになっていた。

全部で6次試験まであると聞いていた。今回の1次試験と、次回の2次試験は、知能テストや性格検査、英語力の筆記試験だったと記憶している。

「記念受験」のつもりで足を踏み入れたこの日が、ボクの人生を大きく変えることになる。

まあ、その時は全く知る由もなかったのだが。

―――

次回は、1次・2次試験の内容と、今でも鮮明に覚えている「ある質問」について書きたいと思う。21歳だったボクには、かなりの衝撃だった。

〔つづく〕

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